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社員インタビュー

値引き・破棄・売り逃し、3つの損失を防ぐ
食品小売事業者向け「在庫最適化サービス」

益田(左)、酒井(右)

 デジタル技術を活用したビジネス戦略の立案から実行までを支援するコンサルティングサービスを提供する東芝デジタル&コンサルティング株式会社(以下、TDX)では、食品小売事業者との共創プロジェクトの中で、「在庫最適化サービス」を開発している。その具体的な取り組みについて、物流デジタルトランスフォーメーション推進部 ビジネスコンサルタント 酒井 昌樹およびシニアソリューションアーキテクト 益田 崇の2人に聞いた。

TDXが開発中の「在庫最適化サービス」とは?

 東芝グループには、直接物流オペレーションを担っている東芝ロジスティクス株式会社をはじめ、POS(販売時点情報管理)のような流通事業者向けシステムや機器、流通・物流事業者向けの電子デバイスを提供している東芝テック株式会社、倉庫における自動化やロボティクス系のソリューションを提供している東芝インフラシステムズ株式会社、そしてIoT基盤やWMS(倉庫管理システム)などのソリューションを提供する東芝デジタルソリューションズ株式会社などが存在している。

 TDX 物流デジタルトランスフォーメーション推進部は、東芝グループ内に蓄えられた知見と多様なスキルセットの人材を結集して創られたチームであり、東芝グループ内外のお客さまに対して次世代サプライチェーン戦略の構築から実行までを支援するコンサルティングサービスを提供している。

■図1:「お客様との共創」で実現する、流通・物流サービス

 このなかで、酒井・益田両名が関わっているのが、食品のサプライチェーン効率化の出発点として欠かせない、食品小売事業者向けの、需要予測に基づく店舗在庫の最適化サービスだ。これは、販売データなどの店舗データと、気象データなどの外部環境データから、商品需要を予測し、未来の最適在庫量、発注推奨数を計算して提示しながら経済的に最適な店舗在庫の実現を支援するコンサルティングサービスである。「推定60兆円以上を見込む「食品、飲料、酒類」の国内物販市場のEC化率は、約2.6%と相対的に他のカテゴリより低いが今後拡大していくと予想されていて(数字の出典:平成30年度 電子商取引に関する市場調査-経済産業省2019年05月)、そのことが、データ分析に基づく次世代サプライチェーン戦略のコンサルティングサービスを新たに立ち上げていこうとする中で、食品にフォーカスした一つの大きな理由です」と酒井は語る。

酒井 昌樹氏

物流デジタルトランス
フォーメーション推進部
ビジネスコンサルタント

酒井 昌樹氏

 小売事業者から見れば、店舗の在庫最適化は、多様化する消費者ニーズや人手不足への対応など、関連し合う多くの課題の一つである。また、それらに関連する課題は、店舗運営やマーケティング戦略に限らず、拠点活用、配送計画など、物流領域まで含まれる。そのため同推進部は、もう一つの柱として、店舗への配送や物流センターでの調達を対象とした「輸配送の最適化」にも取り組んでいる。これらを合わせたものが、まさにお客さまの次世代サプライチェーン戦略の立案から実行までを共創するコンサルティングサービスの全体像となってくる。

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お客さまと取り組む共創プロジェクト

 現在は、食品小売事業者の店頭在庫の最適化を実現するべくアセスメント(顧客借用データに基づく損失の計算による評価)やPoC(Proof of Concept、実証実験)に取り組んでいる段階だが、お客さまとの共創プロジェクトを通じて、最終的にはデータ分析に基づく効率的な食品のサプライチェーンを提供する次世代プラットフォーマーを目指している。

■図2:東芝デジタル&コンサルティングの強み

 実際の店舗では、これまで、発注をベテランの経験や勘に基づく判断に頼る場合が多かったが、現在人手不足が深刻になり、そのような判断をできる人材が少なくなってきている、というのが実態だと益田は説明する。それゆえ、店舗における在庫状況を需要に合わせた的確な状態に維持するのが困難なケースも。「過少在庫の状態だと、本来在庫があれば売れていたはずのものが売れない“売り逃し”を招きますし、毎日一律に余裕を持った数量を発注しているような商品の場合はどこかで過剰在庫となり、売り切るために値引きせざるを得ず、結果的に廃棄することで損失につながってしまうことがあります」と益田は指摘。このような状況を解消するために、フィジカルな世界(現実の世界)のデータをサイバーの世界(デジタル処理の世界)に展開し、需要予測に基づく発注推奨数の算出、商品ごとの販売傾向の分析を実施する。「発注推奨数は、値引き、廃棄、売り逃しという3つの損失を対象として、損失を低減させる計算方法により算出します。また、シミュレーションによるアセスメント(損失計算による評価)やPoC(実証実験)により、経営指標における改善効果の提示や現場オペレーションにおける実現可能手段を提案することでサービス導入に向けた活動につなげようと考えています」と酒井は説明する。

 なお、現在は、店舗内のバックヤード在庫や店舗に隣接した倉庫内の在庫も含めているが、将来的には物流センターの在庫も含めた最適化を検討しており、店頭在庫として持つべき数量や、メーカーへの発注頻度やタイミング、リードタイムなどを総合的に最適化する仕組みづくりを目指していく流れだ。

 現時点では、デジタルデータを活用した新たなプラットフォーマーとしてのビジネスモデルを創造する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」というよりも、デジタル処理によってサプライチェーンを効率化する、いわゆる「デジタルエボリューション(DE)」の段階であると酒井は指摘する。「いずれDXへの流れを作っていくためには、フィジカルの世界のデータをサイバーの世界に持っていくことが重要で、DEの取り組みを通してDXにつながる新たな付加価値を生み出していくよう推し進めていきたい」と益田。

 需要予測型発注推奨シミュレーションによるアセスメントの結果では、商品カテゴリによっては、値引き、廃棄、売り逃しの損失合計において30%、いくつかの商品カテゴリで発注推奨を適用することにより店舗全体の損失合計においては10%程度の改善効果を得られる可能性があると試算。「お店に長く在庫しておける商品よりも、惣菜や生鮮食品、一部の日配品など賞味期限が短い商品のほうが値引きや廃棄につながりやすいため、そのような商品カテゴリの損失比率が大きくなるものです。このようなカテゴリに対して、損失改善の効果を最大化させていきたいですね」と益田は語る。

■図3:アセスメント事例 改善効果の算定

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お客さまの運営方針も考慮する必要あり!食品在庫最適化における難しさ

益田 崇氏

物流デジタルトランス
フォーメーション推進部
シニアソリューションアーキテクト

益田 崇氏

 同推進部が手掛ける「在庫最適化サービス」は、食品小売事業者に適用する形でサービス開発を進めており、現状アセスメント対象となっている企業はスーパーマーケットだ。特に食品小売事業者のデジタル化と分析について「例えば肉の塊を仕入れて販売する場合、店舗ではその肉をスライスして皿に盛りつけて販売するため、仕入れ単位の捉え方が難しい。仕入れた単位から販売する単位にバラさないと、どの程度売れたのかが把握できません。多くの食料品で仕入と販売の単位変換をしないと定量的に見えてこないため、正直苦労しました」と益田は言及する。アセスメントにおいては、特定の期間の仕入れや売上のデータと販売個数とを日単位で突き合わせ、仕入れた肉の塊と販売バラ数との整合性を確認する必要があり、アイテム数が多く大変な作業だったと振り返る。

 また、需要予測に基づいて損失を最小化するような推奨発注数を算出したとしても、実際の店舗ではその数量では足りないという判断もお店によっては出てくるのがこの領域での難しいところだと酒井。「会社や店舗、商品カテゴリによっては、演出のために商品を多めに並べたいという店舗運営の方針もあります。店舗によっては1本数万円もする高級ワインを月に1本しか売れないのに必ず置いておくところもあります。そんな事情も含めると、値引き、廃棄、売り逃し損失の最小化の観点だけで最適な在庫数を導き出すだけでなく、会社や店舗の戦略をどのように反映していくか検討する必要があると思います」と説く。

 損失を最小化しようとする発注推奨計算だけでは、うまく現実に導入できない場合もある。損失を最小化しつつ演出効果も高めようとすると、店舗の什器の改良で、余計に発注することなく“見せる棚”が求められることになってくるのかもしれない。食品スーパーとは異なる業態の例であるが、例えばドリンクを後ろから補充するような店舗什器によって効率的なオペレーションが可能になったように、サイバー空間だけのシミュレーションだけでなく、その結果を生かすための現場のオペレーションや什器の変革に結び付かないと、真の意味での在庫最適化は成就しないのではないか、と酒井は指摘する。また酒井は「だからこそパートナーとの共創が必要であり、結果としてエコシステムが必要になってきているのだと思います」と語る。

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TDXの強みは“売上向上”と“時間単位の計算処理”

 TDXが開発する在庫最適化サービスにおいては、値引きや廃棄損失削減につながる発注推奨が提案可能になるが、正確に言うと、顕在化した損失を改善することだけでは売り上げを伸ばすことは難しい。もちろん、顕在化した損失を改善することは望ましいことではあるが、適切な発注は潜在的な損失である売り逃しを防ぎ、店舗の売上向上に寄与する可能性も秘めている。「コスト削減や顕在化した損失の低減だけでなく、売上をアップさせるための施策にもなることをお客さまや業界関係者にご理解いただき、事業をさらに成長させてもらえたら」と益田。あまりに顕在化した損失を改善することだけに力点を置いてしまうと、在庫を極力置かないことになってしまい、値引きや廃棄損失が少なる一方で、欠品などによって売り逃しを招くことも。「過去データを基に売上を減らさないようにデータ処理を行うことが、私たちが提供するサービスにおける特長の1つ。私たちが行っている需要予測に基づく発注推奨は、お客さまの売上を下げず、むしろ向上させることができるものなのです」と酒井は力説する。

 また、TDXが持つ発注推奨を導き出すアルゴリズムによって、時間単位の発注指示が可能になる。「従来の最適在庫計算のアルゴリズムは、相当の計算量が必要なものでしたが、私たちはできるだけ少ない計算量で最適在庫計算を算出するよう工夫してアルゴリズムを開発しています。例えば店内惣菜や自家製パンなど時間帯での発注が必要な商品の場合、私たちの発注推奨の「発注」とはバックヤードに対する生産指示を意味します。1日1回しか計算できないシステムよりも、1日のなかで何度かの時間帯に分けてある程度こまめに発注(生産指示)ができたほうが無駄撲滅につながる。それが計算量の小さなアルゴリズムによって可能なのです」と益田。

酒井 昌樹氏

 「一般食品のようなカテゴリも含めて、ゆくゆくは自動発注も可能にすることを目指しています。ただし、惣菜やパン、生鮮など、賞味期限が比較的短い食品は、値引きや廃棄などの損失を減らすことが重要です。ここに焦点を当てながら、適用できる技術を自らのコアとして構築しようとしているのが私たちらしい取り組み。食品のなかでも、あえて難しい部分に挑戦する価値があるのです」と酒井は言及する。

 TDXでは、需要予測だけをソリューションとして提供するのではなく、機械学習によって需要予測を行い、損失が最小となる在庫数量を導き出し、さらにリードタイムや発注頻度を考慮した発注推奨数までの計算を一気通貫で行っている。複雑な処理が必要になるため、協力を仰いだのが東芝デジタルソリューションズ株式会社内にあるデータ分析を専門に行う部署だ。「私たちの開発は後発ではありますが、東芝グループ内のデータ分析の専門家と連携し、すでに市場で導入されている他社のソリューションに追いつき、追い越すことができると考えています。現在プロジェクトに関わっているのは、統計処理や機械学習に秀でたデータサイエンティストやシミュレーション技術に長けたエンジニアなど。複合的なキャラクタを取り揃えてプロジェクトが組めるのは東芝グループだからこそですね」と同社の強みについて力説する。

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在庫最適化をDXに活用していく

「将来的には、『在庫最適化サービス』を活用し、キャッシュレス決済やシェアリングエコノミーといった新たな経済モデルに対応する生産や物流を含むサプライチェーンを他社と共創しながら作り上げていきたい、というのが私たちのプロジェクトチームのビジョンです。東芝グループ内で流通・物流を手掛けている部門とも連携しながら、プラットフォームを作り上げたいですね。東芝グループの活動に期待していますし、自分自身もその一員としてしっかりと役割を担っていきたいです」と酒井。

益田 崇氏

 流通・物流業界のお客さまは、配送コストの抑制や輸送品質の向上などさまざまな希望を持っているが、それを実現するためには現場のデータを収集・分析し、必要な判断者に必要な分析結果をタイムリーに届けることが重要だと益田は力説する。「データを適切に届けるためにも、1社でも1人でも多くのお客さまにご利用いただけるようなプラットフォームを作っていきたいです」と語った。

 酒井や益田のような東芝グループの技術者たちは、その熱い情熱と技術力で、これからの流通・物流業界、日本の社会をさらに良いものに変えていくだろう。

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この記事の内容は2019年7月に取材した内容を元に構成しています。
記事内における数値データ、組織名、役職などは取材時のものです。

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