ニューノーマル時代を生き抜くためのDX推進
今後のカギとなる「データエコシステム」とは?(後編)

経営,イノベーション
2020年10月15日

 新型コロナの影響により、デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みはさらに加速すると考えられる。今後は、自社が保有するIoTデータや基幹系データを単体で利用するだけではなく、外部のデータとどう組み合わせて活用していくかが、DX推進のカギとなる。その中で注目される「データエコシステム」とは何か、その成功ポイントとは。本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が、IDC Japan株式会社 シニアマーケットアナリスト 鳥巣悠太氏に話を聞いた。        

IDC Japan株式会社 シニアマーケットアナリスト 鳥巣悠太氏(右)
「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲(左)

■データエコシステムとは何か

福本:DXを実現するためには、顧客経験価値をベースに、自社だけでなく業界や社会のレベルで必要なフルサービスをどのように提供するかを考えていくことが大事になります。そのためには、様々なプレイヤーと連携したデータ活用を行う「データエコシステム」の形成が必要であるということだと思います。「データエコシステム」についてご説明いただけますか。

鳥巣:「データエコシステム」とは、企業内部の様々なファーストパーティデータを、外部のセカンドパーティ(協業先の組織)やサードパーティ(協業先以外の外部組織)のデータと掛け合わせ、新たなビジネスモデル・収益モデルを創出すべく形成されるステークホルダーの集合体のことです。簡単に言うと、社内外の複合的なデータ活用を促進するための仕組みです。産業横断データ取引基盤、DaaS(Data as a Service)、情報銀行、データ流通推進活動などがデータエコシステムの中で主要な役割を果たします。
まず産業横断データ取引基盤は、企業間のデータ取引/流通をスムーズに実現するためのシステム基盤を指します。次にDaaSは、企業の新たな収益モデルの創造を実現すべく、ソリューションに組み込んで継続的に活用するためのデータをサービスとして提供するものです。また情報銀行は、個人の意思またはあらかじめ指定した条件などに基づいて、個人に代わりパーソナルデータを第三者に提供する事業とここでは広義に捉えています。さらに、データ流通推進活動については、企業横断でのデータ取引/流通の促進に向けたフレームワーク作りや技術標準化を進める団体、または複数企業間でデータを相互利用してオープンイノベーションを進めるような活動が該当します。具体事例は以下の図を参照ください。

データエコシステムを構成するプレイヤー概念図
データエコシステムを構成するプレイヤー概念図
出典: IDC Japan『2020年 国内データエコシステムに関わるプレイヤー分析:産業横断データ取引基盤、情報銀行、
Data as a Service関連事業者を中心に(IDC #JPJ45137120 、2020年8月発行)』

福本: 「データエコシステム」を成功に導くには、どのような点が重要になりますか。

鳥巣:成功のポイントは大きく3つあります。「①データ提供側と利用側へのベネフィットの創出」「②データパイプライン/DataOpsによるステークホルダー連携」「③公共性/地域密着性/データコントローラビリティの重視」です。

■データエコシステムの成功ポイント:
①データ提供側と利用側へのベネフィットの創出

鳥巣:1つ目の成功ポイントについてご説明します。例えば情報銀行であれば、個人がデータ提供者になりますが、個人の立場としては自身のパーソナルデータを外部に提供することにより、そのコストやリスクに見合った十分なベネフィットを得られなければ、いずれデータを提供することに価値を感じなくなってしまいます。IDCでは特にWithコロナの時代に向け、新鮮かつ継続的な体験をデータ提供者にもたらすことが鍵になると考えています。

福本:新鮮かつ継続的な体験というのは、例えばどのようなものですか。

鳥巣:たとえば、イスラエルのスタートアップやスイスの国立大学などでは、声や咳の音のデータを多くの個人からスマートフォンを通じて収集し、新型コロナ感染の可能性を診断するアプリを開発しています。ドイツでも新型コロナ感染の疑いを判別する上で、ウェアラブル機器が収集する体温や心拍数の変化、睡眠状態などのデータを個人から収集して活用する取り組みが進んでいます。いずれも実証実験段階ではありますが、ここでのポイントは自身の声のデータや心拍数データなど「ちょっとした」パーソナルデータを外部に提供するだけで、新型コロナの感染拡大防止に寄与できるという新鮮な体験を個人に生みだしていることです。個人ひとりひとりが、自分のデータを提供すること自体が価値のあることで、自分にもベネフィットが与えられるものだと認識されるような体験が継続的に創出されるようになると、パーソナルデータの提供に対する認識が変わってくると考えられます。

福本:データの利用者側にとってのベネフィットの創出事例にはどのようなものがありますか。

鳥巣:東芝グループで展開している「スマートレシート」別ウィンドウで開きますは典型的な例の一つです。スマートレシートで取得できる様々な店舗の購買データに、人の属性データや行動データなどを組み合わせて外部に提供することで、新たな価値を生み出す取り組みを行っています。また、さくらインターネットの「TELLUS」でも、人工衛星の画像データを地球上の人流データ、統計データ、IoTデータなどと組み合わせることで、データ利用者が新たなビジネスアイディアを生み出しやすい環境を整えています。
いずれの事例でも、各事業者が保有するコアデータに対し、多様な種類のデータをブレンディング(配合)できるようにすることで、利用者側に新しい価値を提供していることがポイントです。

データ提供側と利用側のベネフィットをどう創出するか?の説明図
データ提供側と利用側のベネフィットをどう創出するか?
出典: IDC Japan『2020年 国内データエコシステムに関わるプレイヤー分析:産業横断データ取引基盤、情報銀行、
Data as a Service関連事業者を中心に(IDC #JPJ45137120 、2020年8月発行 )』

福本:プライバシーやコンプライアンスへの対応も、「データエコシステム」にとってハードルになると思うのですが、このあたりはいかがでしょう。

鳥巣:プライバシーやコンプライアンスに付随する課題が、これまでデータ流通の足かせになるケースは少なくありませんでした。ただ、最近ではそれらの管理をマネージドサービスとして提供する事業者も増えています。こうしたサービスが充実することにより、データの提供者側と利用者側の双方にとってベネフィットが得られる状況が出来つつあります。

■データエコシステムの成功ポイント:
②データパイプライン/DataOpsによるステークホルダー連携

福本:二つ目の成功ポイント「②データパイプライン/DataOpsによるステークホルダー連携」について解説してください。

鳥巣:データパイプラインとは、データの収集、保護、品質管理、統合、準備、学習、分析、活用などの各プロセスとそれを支えるテクノロジー、および各プロセスに関わる組織と人の総称です。一方のDataOpsとは、データパイプラインの中で品質や信頼性の高いデータの流れの自動化を推進し、職種や役割の異なる人同士をつなげ、データの蓄積、活用、改善をスムーズに循環させるデータ管理の手法を指します。
IDCでは、多様なステークホルダー間におけるデータ共有は大きく「非競争領域のデータ共有」「地域特化型データ共有」「デマンドチェーン型データ共有」の3つの軸で広がりつつあると捉えています。非競争領域のデータ共有については、最近は、同業の企業間でデータを共有する動きが加速しています。例えば同業でライバルでもある工作機械メーカー間で、共通課題である業務プロセスやコスト削減のノウハウを共有し、業界全体のコスト削減を目指す取り組みなども始まっています。地域特化型データ共有は、地方創生やスマートシティなどの共通の目的で、特定地域の小売店や観光業、宿泊業、自治体などの組織同士がデータを共有する動きです。デマンドチェーン型データ共有というのは、顧客のデマンド/課題を基に顧客経験価値を最適化することを目指し、製品やサービスの提供側のステークホルダー間でデータを共有することです。製品/サービスの開発プロセスの改善や流通/販売プロセスの変革を進めるべく、サプライ側の都合よりもデマンド側のニーズに重きを置いていることがポイントです。

福本:このようなデータ共有を進めるためには、データパイプラインやDataOpsが欠かせないということですね。

鳥巣:データパイプラインの実現には、データの標準化に向けた産官学一体となった取り組みがまず不可欠です。そしてその上で重要となるのがデータ流通の運用を支える人材の確保です。ここでは、データエンジニアやデータサイエンティストだけではなく、立場の異なる企業間の会議をコーディネーションする人材、データのマッチングを考える人材、法規制やプライバシーに詳しい人材、社内のデータを外に出して良いかを判断するデータゲートキーパーなど、多様な人材が必要になります。人材の多様化が進むと、役割の異なる様々な人が会社の内外でつながることが求められますが、例えばデータサイエンティストと製造業の現場担当者が、同じ知識レベル、同じUI(ユーザーインターフェース)、同じ目的でデータを扱うわけではありません。それぞれの役割ごとに必要なツールや環境を提供することで、データ活用を促すことが重要になります。このように、多様な人材をつなげてデータの共有や活用を促す手法がDataOpsです。

企業間データ共有の多様化とデータパイプライン/DataOpsの必要性の説明図
企業間データ共有の多様化とデータパイプライン/DataOpsの必要性
出典: IDC Japan『2020年 国内データエコシステムに関わるプレイヤー分析:産業横断データ取引基盤、情報銀行、
Data as a Service関連事業者を中心に(IDC #JPJ45137120 、2020年8月発行 )』

■データエコシステムの成功ポイント:
③公共性/地域密着性/データコントローラビリティの重視

福本:三つ目の成功ポイント「公共性/地域密着性/データコントローラビリティの重視」についても教えてください。

鳥巣:IDCでは今年(2020年)の2月~6月にかけ、データエコシステムに関わる多様なプレイヤーの事業責任者を対象に、データエコシステムの成功に向けたポイントについてインタビューを行っています。その際、多くの方から挙がっていたのが、公共性、地域密着性、データコントローラビリティというキーワードです。
先ほどお話しした海外の新型コロナの感染拡大抑制の事例に加え、災害対策や環境問題への対応など「公共性」の高い分野への活用では、個人データの提供が受容されやすいため、まずはそうした領域のデータ流通のユースケースがデータエコシステムの広がりを牽引すると考えています。また、同様に重視すべきなのが「地域密着性」です。例えば、特定地域において経済活動を行う個人のパーソナルデータを同地域に強みを持つ電力事業者、鉄道事業者、小売業、銀行などで共有して活用し、地域全体としてベネフィットのあるサービスの成功事例を確立できれば、それらを国内外へスケールさせることも可能になります。
さらに、「データコントローラビリティ」というキーワードも産業系データ/パーソナルデータの流通を促進する上で欠かせません。データパイプラインの非競争領域のデータ共有のところで触れたように、同業他社がデータ共有を図り業界全体のコスト削減につなげようとする動きが加速していますが、万一、自社の重要なノウハウが流出すれば、データ共有の動きを止めてしまうことになりかねません。「出せるデータと出せないデータ」を棲み分けるコントローラビリティを実現するルール作りやシステム整備が不可欠です。パーソナルデータの領域においても、情報銀行事業を営む事業者が今後飛躍的に増加し、パーソナルデータの公開先の選択肢が急速に広がった場合、「自身のどのデータをどのレベルまで、どの事業者まで公開するか」や「各事業者が個別に管理するパーソナルデータを最終的に個人がどのように一元的に把握するのか」など、各個人が主体となってデータを正確かつ手間をかけずにコントロールできる仕組みを整備する必要があります。

■「ニューノーマル時代」におけるデータエコシステムの拡大に邁進せよ!

福本:最後に、「データエコシステム」を活用したデータビジネスの取り組みにおいて、企業に期待することをお聞かせください。

鳥巣:まずは一つ目に、企業の皆さんには現在取り組んでいる(またはこれから取り組もうとしている)DXプロジェクトに、「データエコシステム」を組み合わせることを期待します。たとえば、PoCの段階から社内データに対して、産業横断データ取引基盤や情報銀行のデータを組み合わせて活用すれば、活用可能なデータの幅を飛躍的に広げることができるため、ワークショップなどを通じて生み出すアイデアを飛躍的に増大させることができます。また、プロジェクトのKPIを設定する際、短期的な売上増加率やROIのみを考慮するのではなく、データエコシステムを通じて活用可能なデータ量や種類、データを通じて生み出されるアイデアの数やデータパートナーの数などを複合的に評価することもポイントです。それによってプロジェクトの価値を多面的な観点から把握できるようになるため、企業の社内コンセンサスを確立することが容易になります。
また新型コロナの影響によって、人々のライフスタイルやワークスタイルなどに大きな変化が起きており、あらゆる企業は、新たな標準(ニューノーマル)を考慮した上でビジネス形態を変化させていくことが求められています。そうした中、データエコシステムが、ニューノーマル時代においてこれまで以上に存在感を増していくとみられます。たとえば、新型コロナに起因する失業率増加への対策や、柔軟な働き方を実現するための仕組みが求められる中、人間の能力や人間の評価をあらゆる角度からデータ化し、流通させることが有効になります。すなわち、専門職の人材が持つ感覚的能力や、人に対する同僚(現職以前の同僚も含む)、顧客、知人、家族からの評価など、人の能力や評価をあらゆる角度からデータ化させる必要性が増すとIDCではみています。そうしたデータを先述のデータコントローラビリティにより、個人が自身の管理下のもと不特定多数の企業や個人事業主などと共有できるようにすることで、従来と比較して圧倒的に柔軟なワークスタイルが確立し、またこれまでとは比較にならないほどの適材適所な人材リソースの配分が可能になると考えられます。企業は、ベンダーと共同でそうしたこれまでは難しかった領域におけるデータ化施策を進め、そこから生み出されるアイデアを最大化することで、ニューノーマル時代におけるデータエコシステムの拡大に向け邁進すべきです。

執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志
  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年10月現在のものです。

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