製造業が地に足の着いたデジタル化を進めるために

イノベーション, テクノロジー
2020年1月24日

 東芝グループの生産技術を支えてきた東芝 生産技術センター別ウィンドウで開きます。同センターは、東芝グループの“ものづくり総本山”として、生産に関わる要素技術をはじめ、生産エンジニアリング技術、構造設計・製造技術、メカトロニクス技術などの研究開発を行ってきた。近年は、国内・海外の製造現場で培ってきた高度な“目利き”で、ものづくりの特性に応じた効果的なデジタルデータ・ITの活用を推進している。その経験・知見は、当社の製造IoTソリューション導入時のコンサルティングなどを通じて、東芝グループ内の製造拠点にとどまらず東芝グループ外の企業へのデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みにも生かされている。
今回はこのような取り組みを推進している、東芝 生産技術センター 設計生産システム変革推進部の山田 渉に、製造業のデジタル化推進の要諦について話を聞いた。

東芝 生産技術センター 設計生産システム変革推進部 山田 渉
東芝 生産技術センター 設計生産システム変革推進部 山田 渉

デジタル化のカギはものづくりの原点に回帰し“現場力”を引き出すこと

 今、世界の製造業では様々な分野において、製造現場へのIoT導入によるデータに基づいた生産・品質管理の高度化が加速しています。IoT関連機器の技術革新に伴って、設備や作業の状態を比較的容易に数値化できるようになり、これまで経験や知見に依存していた改善活動を定量的かつ効率的に進められるようになってきました。今後、ものづくりのデジタル化の流れはさらに活性化・常態化していくと予想されます。

 日本では、IoTを使った製造データの収集や可視化の取り組みは、どの製造拠点でも大なり小なり一度は試行されています。導入して大きな改善効果を得られたという事例も出てきていますが、一方で、思ったほど効果を実感できなかった、あるいは限定的だったというケースも多いのではないでしょうか。まずはデータを取ってみてから活用方法を考える、という進め方をされていたならば、それが一因かもしれません。

 ものづくりのデジタル化に取り組むにあたり、“IoT活用による将来のものづくりの姿”を描いている企業も多いと思われますが、大抵どの製造業でも似たようなイメージに行きつきます。しかしその実現に向けた具体的な施策を検討する段階では、自社の製造拠点の特徴や課題を分析し、それに合わせて“自社のあるべきものづくりの姿”を定義しなければなりません。この分析ステップにおいて、改めてものづくりの原点に回帰する必要があり、日々の現場での改善活動で培われてきた分析力や洞察力が重要な役割を果たすと考えています。先進的なIoT技術を有効活用するには、これらの“現場力”を最大限に引き出すことがカギとなります。

データの可視化の先まで見据えなければ変革は進まない

 製造現場へのIoT導入のはじめの一歩として、既存で取得できる情報(データ)を自動的に収集・集計して可視化する仕組みを構築するのが一般的だと思われます。その背景には、記録用紙への手書き作業は手間がかかる、紙情報は不適合要因分析に使いにくい、設備やサーバに散在しているデータを掻き集めるのが大変、といったデータ収集・集計作業の負荷を軽減したいというニーズがあります。さらに、収集したデータを駆使して生産性を効率的に改善できないか、という思いも根底にあると考えます。

 適切なツールやシステムを取り入れれば、データの取り扱いや集計のスピードは格段に上がり、製造状態をリアルタイムでグラフ表示することもできます。ところが、可視化まで実装した段階で“次の展開”をどうすれば良いか、と悩むケースが散見されます。「データは自動的に収集できて常時監視できるようになった。さて、これを使って誰が何をするか?」といった“活用”の課題です。いざデータを分析しようという時になって、測定の頻度や粒度が粗い、欲しい情報が取れていない、現状のグラフでは要因分析しづらいなどといった機能不足の部分が見えてきてしまうのです。場合によっては、収集パラメータを選定するところまで遡って見直さなければならないこともあります。

 数値化されていない情報は取ってみないと使えるかどうか分からないという側面も確かにありますが、一方で、設備やプロセスがどのように挙動しているか、内部でデータがどのように変動していそうかは、日々の生産業務を通して経験的に想像できる場合もあります。このような知見やノウハウに基づき、可視化後の活用方法、つまり設備やプロセスが異常な値を示したときにどのようなアクションを行うかという具体的な業務の流れに踏み込んで可視化の仕組みを検討することが、システム構築の後戻りを防ぐことに繋がります。このようにデータ可視化の先にある業務フローを想定しておくことにより、IoT導入前に想定していたフローと導入後のそれとを比較して、業務効率や製造品質の改善度合いを検証し、導入したIoTの善し悪しを判断することもできるようになります。

デジタル変革のポイントは暗黙業務を共有し業務フロー自体を見直すこと

 現状の業務(As-Is)を分析しそれをどう変えるか(To-Be)を検討する際には、どのような情報を元に、どのような作業を行い、その結果どのようなアウトプットが得られるかを、図や表にまとめて見える形に表現するのが有効です。意識しなくとも日々回っている業務をわざわざ書き出すことは面倒に思われるかもしれませんが、図表による可視化には三つの利点があります。

 一つ目は、前述した通り、製造現場へのIoT導入の善し悪しを判断する拠り所となること。業務の流れがシンプルになったことを図表で比較すれば、効果をわかりやすく実感できます。二つ目は、その課題整理を行う中で、不要な作業やムダの多い作業を洗い出せること。例えば、記録して保管することが目的のデータなどは、自動収集の仕組みを導入して記録作業を無くすか、いっそこの機会に記録自体を廃止するという判断も有り得ます。そして三つ目は、暗黙のうちに日々行っている業務を他の部門に認知してもらい課題を共有できること。これが一番重要なポイントだと考えています。製造現場であれば、システムを構築するのは情報システム(IS)部門、使うのは製造部門といった役割分担をするケースが多く見られます。この両部門で課題認識にずれがあると、IS部門は要件定義が曖昧なままシステムを構築し、展開された製造部門は自分たちが望む機能が実装されていなくとも使わざるを得ないという不整合が生じます。言葉だけでは伝わりにくい暗黙知的な業務の課題は、視覚に訴えるのが分かりやすく間違いを起こしにくいのです。

 東芝の製造拠点でも、IoT導入検討時に要求仕様を整理していく段階で、「そのデータを見て何をしたいか」と問い掛け、業務フローを巻紙形式で書き表しながら潜在的なニーズを掘り起こしています。その結果、具体的に活用イメージやアクションを定義できるものと、興味の範囲を超えないものが選別され、定義できるものに着目して、現行のフロー自体の見直しを検討します。その際、他の製造拠点での製造IoTの要素技術の適用事例を参考にしながら、改善後のイメージを詳細化していきます。このようなステップを踏んでシステムを構築することで、最初から活用方法や導入効果を想定して“地に足の着いた”デジタル化を実現できるのです。

ものづくりのデジタル変革の推進主体は製造現場を担う関係者たるべき

 “モノを作る”ということは、要求仕様に基づいて設計図(設計仕様)を描き、その設計図通りに製造現場で具現化することです。現実世界である現場では、常に同じ品質・同じ性能のものを狙い通りに、かつ安定的に作ることが期待されます。しかしながら、実際は、設備や作業、環境などに製造品質を変動させる要因が含まれており、これを現場の知恵と工夫でコントロールして製造の安定化を図っているのです。

 変動要因を見えるようにするツール群は世の中に多数出てきています。製造現場のさまざまな紙情報を電子化する技術や、データを効率的に格納し集計する技術、AIを活用した特徴量抽出や異常判定技術などもいろいろあります。しかし、このようなツールや技術は業務を変革させるための手段に過ぎません。ものづくりをコントロールするために現状の業務をどう変えるかをまず定義し、その実現のためにどのIoTデータを活用するか、どのようにデジタル化するかを考えることが、業務変革の第一歩であり、効果創出への近道です。

 この取り組みを推進すべき主体は、日々の生産性向上を進めている現場作業者、生産技術部門、保全部門、生産計画部門、品質部門など製造に携わる関係者、すなわちシステムを実務で利用するユーザーです。製造現場のユーザー自身が主体となってIoTを改善業務に取り入れること、つまり「IoTが提供されたことで、結果的にものづくりの流れが変わった」ではなく、「自らの業務を変えるために、積極的にIoTを選定し活用する」というマインドセットの転換が必要となるのです。

 課題整理は、最初から大掛かりで精緻に行う必要はありません。対象(設備、工程、工場)と規模に応じて、データを活用した改善シナリオ(PDCA)を描いて関係者で共有し、そこからバックキャスティングして適切なツールやシステムを選定する。これらの検討を導入前に行っておくことで、デジタル化された現場の業務や、そこで働く人の意識に大きな変革が期待できるのです。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年1月現在のものです。

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