SoS(システム・オブ・システムズ)は日本が世界での存在感を示すカギになる(後編)

イノベーション, テクノロジー
2019年11月29日

オープンなシステムによるサービス提供を考えるためには、人中心の考え方が必要になる。そこで欠かせないのが、システム思考やデザイン思考、アーキテクチャー思考だ。だが、これらの思考方法はなかなか日本では身についていない。その原因はどこにあるのか。また日本が世界と戦うためにはどんな人材を育成する必要があるのか。慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 白坂成功教授と東芝 コーポレートデジタイゼーションCTO兼デジタルイノベーションテクノロジーセンター長 山本宏が語り合った。

山本宏 写真
(株)東芝 コーポレートデジタイゼーションCTO兼デジタルイノベーションテクノロジーセンター長 山本宏

価値を感じるのは人。アーキテクチャーでは人との接点をどう考えるのかが重要になる

ーー:東芝IoTリファレンスアーキテクチャーのようなアーキテクチャーを一企業が描いているケースはありますか。GoogleやMicrosoft、Amazonなどがソフトウェアアーキテクチャを描いていますが、SoSまで考慮したものではないと思われます。

白坂:SoSを考慮したアーキテクチャーを構築している例として中国のアリババがあります。アリババはサイバー空間でのビジネスだけではなく、近年では実社会でのビジネスも展開しています。この背景には、人との接点が必要だと考えていることがあります。人間中心の設計にするため、UX(User Experience)部門に数千人もの社員を配置し、さらにUX専門の学校まで作っています。サイバー企業であるにもかかわらず、サイバーフィジカルのフィジカルの重要性を確信し、投資をしているのです。

山本:ヒトとの接点という話が出ましたが、私たちは東芝IoTリファレンスアーキテクチャーにIoP(Internet of People)のモデルを入れました。しかし、モデル化の実装は容易ではありません。人間は一つの事象を見たとき、因果関係を考える能力があります。気づきというか、インサイトする能力です。インサイトは人の経験や勘に基づくのです。世間ではよくAIが進むと人間は要らなくなると言うことが言われていますが、私は情報化が進めば進むほど人間の役割が重要になってくると思います。

白坂:IoPのモデルを入れるという発想は面白いですね。またその難しさもよくわかります。我々も昔、若い人たちにベテラン農家のノウハウを伝授するためのティーチングシステムを作ったことがあります。ベテラン農家が作業する様子を全部ビデオで撮影し、それを教材にくっつけただけという単純なシステムでしたが、どこをどうやって見ながら何をしゃべっているかが映像化されていることで、文字だけではわからなかったコツがわかるという発見がありました。

山本:例えば、匠のとぎすまされた感覚や匠のビヘイビア、匠の発する言葉などを五感で感じることによって、インサイトが身についてきます。人間の言葉と五感とビヘイビア(行動)は、自然言語処理、アコースティックセンサー処理、RFIDによる行動分析というように、バラバラの技術を用いて処理することになります。人間は全部つなげて関連付けて処理をする。技術をいかにそこに近づけていくことができるかが、これからの課題だと思います。

白坂:おそらく、人に関して分かっていないことが多すぎるのです。以前、人は何に感動するのか、どうやったら人は感動するのかという研究を行ったことがあります。パターンはあるのですが、その人の内面の状態によって、そのポイントが異なります。一方、世界中で行われたテクノロジーに関する信頼感研究を体系化したことがあるのですが、こちらにもいろいろなパターンがあります。一回の失敗でとても大きな信頼を失うものもあれば、その一方で愛着があると、故障があってもそれがかわいらしさになり、信頼が失われなかったりする場合もある。また、それを個々人に当てはめることができるかというと、できない。そこが難しいところですよね。

山本:人によるのはもちろんですが、同じ人でも体調によっても五感の感じ方は異なりますからね。私の場合、深い睡眠が2時間以下になると、一日中調子が上がらないのですが、2時間以上だと一日調子よく過ごせます。

なぜ、日本ではデザイン思考やアーキテクチャー思考が身についていないのか

ーー:日本はSoSで勝負すべきという話が出ましたが、そのためにはシステム思考、デザイン思考、アーキテクチャー思考が重要になると考えられます。しかし、日本人自体がまだこれらの思考に慣れていないようにも思えます。

山本:その原因の一つとして、日本人の隠す特性も影響しているのではと思います。例えばラジオネーム。日本では当たり前のように使われていますが、アメリカでは本名を名乗らない番組はありません。隠すことがすべて悪いと言っているわけではありません。クローズにするところとオープンにするところをきちんと分けることが大事なのです。多くの日本企業は外部仕様も内部仕様もクローズ&クローズですが、CPSの実現ではオープンが欠かせません。
SoSのユースケースにはバーティカルとホリゾンタルの二種類がありますが、インダストリー領域ではバーティカルな連携はやりやすいと思います。東芝が始めているバーチャルパワープラント(VPP:仮想発電所)などはその代表例で、複数のエネルギープラントもSoSで個別最適から全体最適に移行することが可能になり、マネタイズも考えやすい。一方、ホリゾンタルに、異なるドメインの企業どうしが連携する上での最大の課題は、マネタイズです。Society 5.0を実現していくための取り組みである「Connected Industries」では自動走行・モビリティサービス、ものづくり・ロボティクス、バイオ・素材、プラント・インフラ保全、スマートライフという5つのドメインが挙げられていますが、ここにはビジネスモデルが記されていません。海外ではインシュアランス(保険)というインダストリーとオートモーティブという異なる業種が情報を共有することで、個々のドライバーのビヘイビアに基づき保険料が決まるなど、新しいユーザー価値を提供する流れが生まれつつあります。つまり、これからは、ユーザーが誰で、そこにどんな価値を提供できるのかということを考える力が必要になると感じています。

白坂:私は日本人にアーキテクチャー思考が身に付いていないのは、日本にこういうことを学べる教育体系が用意されていないことだと思っています。SoSもそうですが、システムズ・エンジニアリングの概念を、働いた経験がない人に理解しろといっても難しい。一方、米国では一度社会人経験のある人が大学院に戻り、学び直すことが当たり前になっています。学習は理論と実践です。聞いてわかることとやって初めて分かることがある。その間を行ったり来たりすることで、人は成長していくのです。デザイン思考やアーキテクチャー思考が弱いのは、そういう教育体系が整備されていないことに加え、個人も学び直す意識をあまり持っていないことも原因だと考えています。

山本:頑張れニッポンですよ。ラグビー日本代表のメンバーも裏でメチャクチャ努力していると聞きますからね。

白坂:前監督であるエディー・ジョーンズの時に、「ONE TAP SPORTS(ワンタップスポーツ)」というスポーツ選手のコンディショニングに必要な情報を一括して記録・管理できるシステムを導入しました。個人のコンディショニングを可視化し、限界に近いかどうかを確認した上で、怪我をしないギリギリまで練習させるための仕組みなのです。そうして個の能力を高めたことで、チームの能力が高まっているのです。アーキテクチャーを考えるコトは、人の経験やセンスに依存します。それは鍛えることで身につけることができる。全体の競争力を高めるためにも、個の能力の向上が欠かせないのです。

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 白坂成功教授

東芝に期待すること、コーポレートデジタイゼーションCTOとしてのチャレンジ

ーー:最後に白坂教授から東芝に期待すること、山本CTOにはこれからのチャレンジの方向性を語っていただき、この対談のまとめとしたいと思います。

白坂:東芝に期待することは、社会のインフラを作っているという意識を技術者みんなが持つことです。社会インフラを担う企業であるということは、アーキテクチャーによって社会の構造や、使い方によっては人の行動を制御することにもなります。アーキテクチャーに制御の部分まで埋め込まれるようになると、製品がコントロールされる基準値などをその仕組みを作るエンジニアが決めてしまうこともあり得ます。アーキテクチャーは法律のように社会の目に触れられないものなので、その正しさは誰も評価しません。だからこそ、アーキテクチャーというものが存在していて、それによりどのようなことが起きるということを、多様なステークホルダーに見せられるようにし、本当に皆にとって良いものなのかが分かるようにしておく必要があります。
今後サイバーフィジカルの世界になっていったときに、アーキテクチャーのもとでいかなる社会をつくっていくかを考えた上で、その正しさや、社会にどう受け入れてもらうのかなどを統合的に考えられる人材を育成しつつ、インプリメンテーション(社会への実装)をしていってもらいたいと思います。

山本:私が東芝に入社したのは、本気で世のため人のため日本のためになることに携わりたいと思ったからです。海外で仕事をするときは、いつもアウトサイドインの観点で日本を見ていたのですが、そのたびに物足りなさを感じていました。重要な技術開発や、ノーベル賞を受賞している人たちがこんなにいるのに、いざ国際の場に行くと日本の存在感がない。実力と見合ってないのです。東芝も同様で、過去にやってきたことと今の評価にものすごくギャップがあるのです。そのギャップを埋めたい。そのために期待しているのが、SoSであり、ヒューリスティックス・コア・エンジンという人にフォーカスしたサブコンポーネントです。
そして私が率いる部門のメンバー一人ひとりの能力を高め、世界にその技術を発信することで、日本の地位向上に貢献していきたい。部門のリーダーである私がその先鞭をつけるので、メンバーはそれについてきてもらいたいと思っています。当部門では48時間プログラムを実施しています。これは年間48時間を個人の実力、個人の能力を高めるための時間として使うためのプログラムです。白坂先生もおっしゃったように、個が強くなければ、国際的な場で相手にされません。国際的な場で信頼関係をつくるためには、個々が自分の考えを持つことが大事になります。英語は母国語ではないのでハンディにはなりますが、議論をする際に、具体的であること、クリアであること、ロジカルであることという3つを守れば、十分戦うことができます。日本の存在感を上げるためにも、世界と戦うというマインドを持った人材を育てていきたいと強く思っています。

ーー:大変貴重なインタビューをさせていただき、どうもありがとうございました。SoSやリファレンスアーキテクチャーの重要性についてのお話は非常に分かりやすく、大変興味深く聞かせていただきました。

白坂 成功 氏 写真
白坂 成功 氏

慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授

東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 修士課程修了
その後、三菱電機株式会社にて宇宙開発に従事。技術試験衛星VII型(ETS-VII)、宇宙ステーション補給機(HTV)等の開発に参加。特にHTVの開発では初期設計から初号機ミッション完了まで携わる。途中1年8ヶ月間、欧州の人工衛星開発メーカに駐在し、欧州宇宙機関(ESA)向けの開発に参加。「こうのとり」(HTV: H-II TransferVehicle)開発では多くの賞を受賞。

2004年度より慶應義塾大学にてシステムエンジニアリングの教鞭をとり、2011年度より現職。

モデレータ:中村 公弘(東芝デジタルソリューションズ IoT技師長)
執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志
  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2019年11月現在のものです。

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