雑談力とコミュニケーション・センス

櫻井 弘
株式会社櫻井弘話し方研究所
代表取締役社長

雑談力を高める

「雑談力」は、最近になって書籍などが刊行されたりして注目を集めていますが、かつては、コミュニケーションのスキルとしては捉えられてはいませんでした。
しかし、情報技術の発達により連絡の手段がメールやSNSへと変わり、働き方の変化によって飲み会なども減少し、職場での会話や雑談の機会が少なくなってしまったことから、会話や雑談に苦手意識をもつ人たちが増え始めたと推察できます。
若手社員がお客様である会社を訪問した際も、同行した上司が席を外すと、何も話せなくなってしまうという話を聞いたことがあります。そうしたことから、職場の人間関係やビジネス上のさまざまなやりとりを円滑に進めるために、雑談力がクローズアップされているのではないでしょうか。
ここでは、コミュニケーション・スキルを高める場として雑談力を捉えて、解説したいと思います。
そもそも雑談とは、目的もなく、着地点もなく、途中でとぎれてもいい、自由で縛りがない会話と考えられます。ビジネス現場や職場において、そのような場面はそうそうないことです。これを使わない手はないと考えて積極的にコミュニケーション能力を試す場にしてしまうことで、雑談力を高めるだけでなく、コミュニケーション能力の向上にもつなげていくのです。
コミュニケーション能力を踏まえた上で、雑談力を高めるために実践したい7つのポイントをまとめました。

  1. 相手の名前を呼んで挨拶する…挨拶で名前を呼ぶ人はほとんどいない。したがって、返事が得られやすくなり、相手との関係形成も向上する。
  2. アイ・コンタクトは、自分の左目で相手の左目を見る…相手の両目を見るのが苦手な人でも、やわらかい感じの良さを演出できる。
  3. 視覚情報のうなずきとあいづちの有効活用で、積極的な反応を示す…タイミングのよいうなずきやあいづちで、相手を安心させて、話しやすくする。
  4. 鼻呼吸を身につける。「口を挟むな、間を挟め」…口を閉じて、鼻から呼吸をすることで会話の間をとり、相手の反応を確認する。
  5. 一門二答で反応を示し、話題の幅を広げる…何気ない会話でも、情報を加えたり質問をしたりして、会話を膨らませる。
  6. 困った時は「ど~」の法則…困った時の質問のフレーズは、「どうしますか」「どのようにですか」「どこで」「どなた」など、「ど」が頭にくる言葉が多い。
  7. 相手に喋らせる三択質問…二択ではなく質問は三択にして、相手の反発を防ぎ、気持ちよく選んでもらう。

会話や雑談が苦手という人の中には、「話題がない」とか「話題が見つからない」と悩んでいる方も多いようです。ここでは、話題を発見するときの5つのヒントを「ま・み・む・め・も」としてまとめてみました。

  1. 「ま」…「待てよ」と立ち止まって、身近なところを見渡す。実は、話題の宝庫。
  2. 「み」…「見直す」ことで、話題の幅を広げる。組み替えてみる。
  3. 「む」…「向きを変える」ことで、違う意味を抽出する。視点を変えてみる。
  4. 「め」…「目配り」で、観察する。
  5. 「も」…「問題意識を持つ」。より積極的に観察してみる。

「雑談力を高める7つのポイント」は、いずれもさまざまな場面で応用できるコミュニケーション・スキルになります。また、「話題発見の5つのポイント」は、心の持ち方、視点やものの見方、あるいはタイミングといったものを変えることを意識すべきということです。雑談力が高まれば、コミュニケーション能力も高まっていくことになります。こういったポイントを頭にいれながら、積極的に雑談や普段の会話にチャレンジしてみてください。

人事・教育担当者の取り組み

企業において、社員のコミュニケーション能力向上のための研修や施策を担うのは、人事・教育をご担当する方々が多いと思います。では、どのような心構えで取り組んでいけばよいのでしょうか。
まずお伝えしたいのは、複雑なコミュニケーションの専門知識を全部学ぶ必要はないということです。ただ、できるだけシンプルなコミュニケーションの体系的理論と具体的な活用方法は、知識としてもっていると、効果の上がる研修や施策へと結びつくはずです。
まずは、【コミュニケーションの基本と聞く力】で紹介したコミュニケーションの3段階である「3つの目的と3つの機能」(富士山の裾野~中腹~山頂)をしっかりと理解しておくことです。
そして、コミュニケーションの基本として、「認識」→「理解」→「尊重」という3つのプロセスや、コミュニケーション活性化の3条件である「相互」「対面」「水平性」が1つでも欠けると、コミュニケーション不全になりますので、フォロー研修やステップアップ研修で実践度合いのチェックを怠らないようにしたいものです。
さらに現在では、プレゼンテーションやさまざまな発表の場では、パワー・ポイントの使用が当たり前になっています。ただ、その使用方法が、パワー・ポイントに依存しすぎているのではないかという印象を持っています。
パワー・ポイントはあくまでツールで、大切なのは、話し手の考え方、内容、コンテンツというのが本来の姿です。プレゼンテーションの定義は、「複数の聴衆を説得すること」になります。研修等を実施される方々は、「説得力のある話し方がベースとなり、それをビジュアル面でカバーするのがパワー・ポイントの活用である」ということを理解しておくと、コミュニケーション能力の向上にも役に立つのではないでしょうか。

コミュニケーション・センスを高める

かつて東芝の社長を務めておられた故・土光敏夫さんは、「コミュニケーションを漢字で表すと?」という問いに、「顔対顔」とお答えになられました。【コミュニケーションの基本と聞く力】でも述べましたが、コミュニケーションの大原則は相手があるということです。そして相手と直接向き合って関係を築いていくという基本は、今も昔も変わりません。
当然、相手と状況というのは、すべて違うというのが現実です。マニュアルで対応するのは難しいでしょう。大事なのは、柔軟性とさまざまなスキルや考え方をミックスして対応するということです。そこで必要となるのが、相手との状況を見分けるなどのコミュニケーション・センスです。
ここでは、コミュニケーション・センスを磨くために、3つの心の持ち方を紹介します。

  1. 自分から気軽に進んで働きかける積極的な・自主的な心。
  2. 相手の立場、気持ちに目を向ける共感的な寄り添う心。
  3. 自分の価値観にこだわり過ぎない柔軟で素早く対応する心。

「ダイヤはダイヤによって、人は人によって磨かれる」という言葉がありますが、センスは磨けば光るものです。コミュニケーションのセンスは、さまざまな状況で、さまざまな相手に対して、コミュニケーションを図ることによって磨かれていきます。
コミュニケーションには、仕事だけではなく、生きていくうえで、人と気持ちよく、良好な関係をつくりながら豊かな人生を送るさまざまなヒントがあります。コミュニケーション能力を高め、コミュニケーション・センスを磨くことは、より良い仕事や人生へと繋がっていくのではないでしょうか。

櫻井 弘(さくらい ひろし)
株式会社櫻井弘話し方研究所 代表取締役社長

東京都港区出身。メーカー、製薬、金融、サービス、IT関連等の民間企業をはじめ、人事院、各省庁、自治大学校、JMAなどの官公庁・各種団体でコミュニケーションに関する研修・講演を手がけ、クライアントは1,000以上におよび、特に、プレゼンテーションや説明力強化研修などのわかりやすい講義・実習の仕方には定評がある。
『大人なら知っておきたいモノの言い方サクッとノート』(永岡書店)、『「話す力」が面白いほどつく本』(三笠書房)など、ビジネス書ベストセラーを含み約80冊の著書がある。