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中小企業の特性を踏まえた人材育成の考え方

人材育成

伊藤 晃
HR-iコンサルティング 代表
シニア・コンサルタント

取組みは絞り込み、「メッセージマネジメント」を丁寧に行う

 残業時間の削減や、ワークライフバランスの尊重、多様化する働き方や価値観への対応など、今起こっている社会の変化は、企業の人材開発にとっては厳しい制約条件のように見えます。しかしもともと、労働時間を管理しさえすれば働く人の心身が健全になるわけではありませんし、教育時間がふんだんにあれば人が成長するというわけでもありません。今、多くの企業が共通して認識している人材育成課題、それは、社員自らが成長しようとする企業文化をつくることです。
 教育にあてられるリソースの豊富さという点では、大手企業に比較すると中堅・中小企業の方が少ないことは確かです。その一方で、一人ひとりが経営にあたえるインパクトとしては、中堅・中小企業のほうが遥かに大きいといえます。私は、中堅・中小企業のほうが大企業より、自ら学ぶ企業文化をつくることの重要性が、感覚的には10倍くらい高いと思っています。その矛盾をいかに乗り越えていくかが中堅・中小企業共通の悩みでしょう。
 リソースが足らないからできないのはしかたがない、というわけにはいきません。中堅・中小企業は、人材育成の目的や取組み内容を絞り込んで、1つ1つ取り組んでいくしかありません。

人材マネジメントサイクル

 変化は、常に一部分から生まれ、それが周囲に広がっていくものでもあります。人事の領域は広いため、様々な部分に一気に手をつけると負荷が大きいですし、混乱や戸惑いも生みます。ですから、自社がもっとも大切にしたいこと、あるいはインパクトが大きいことは何かを考え、重点を絞って取り組むことが大切です。
 この時大切にしたいのは、「メッセージマネジメント」をきちんと行うことです。例えばある1つの施策を実施しましたが、その成果がよく見えないものだったとします。それが中途半端なまま終わってしまうように見えたり、今度は全く別の施策を行うように思えると、従業員は白けてしまいます。「前回の施策ではこういうことが学べた」「だから今回はこんな考え方をしてみた」―と、取り組んだことの意味を伝え、次に発展させる繋がりを、きちんと伝えることが大切です。これを「メッセージマネジメント」といいます。これを行うのは人事の使命です。
 これは、人事が行う施策が一貫性をもっていることと表裏一体のことでもあります。人事は、前提として、行う施策に一貫性を持たなければいけません。
 経営からの要請は、もしかしたら別の成果指標を求められることもあるかもしれませんが、人事は「そこから何を学んだか」という施策からの人材育成における成果を冷静に振り返り、発見し、次に繋げていくことが大切です。

絞った取組みに納得性を得るには

 取組みを絞り込んだ際、その内容で従業員に納得感を得ることにも配慮が必要です。絞り込むのは施策内容の場合もありますし、「彼が変われば職場にいい影響を与えるだろう」という人材を絞り、育成の重点をおく場合もあります。その際、他の従業員に、自分は目をかけられていない、えこひいきだ、といった感情を抱かせないということには、充分気を付けなければなりません。あからさまに足を引っ張るようなことはなくても、無関心になったり、職場の雰囲気が悪くなってしまったりしたら本末転倒です。
 その際にも、どう情報をオープンにするのかという、「メッセージマネジメント」が大切です。メッセージは、言葉で伝える場合もありますが、行う施策で伝えたり、影響力のある経営者の行動で示す場合もあります。それによって、皆がいい方向に向かうために行っているのだ、ということが伝わるようにするのが原則です。
 個人に対するメッセージは、本人の成長したいという意欲を刺激するのが急所と言えます。具体的な成長実感を得るまでには少し時間がかかるものでもあるため、本人がやりたいことを少しずつやれるようにしていくことも有効でしょう。特に、中堅・中小企業の従業員は、組織の中での自分の存在感や帰属感に、より敏感な傾向があります。「君が成長すると、組織や周囲はいかに役立つか」といった言葉をかけていくのがよいと思います。

人材育成を大切に考えていることが伝わることが最も大切

 朝礼の場で1分間スピーチをして、自分が気付いたこと、学んだことを発表させるような場をもつことも有効です。マニュアル制作のプロジェクトをつくって、学び教え合う動きを作り出してもいいでしょう。アプローチの仕方は1つではありませんから工夫してくことが大切です。
 この時配慮したいのが、主体者を継続的につくることです。例えば、マニュアルを制作した際には、その制作に関わった人たちだけは勉強になったけれど、出来上がったマニュアルは、出来上がった瞬間から誰にも使われない、といったことも起きがちです。そうなると、制作にかかわった人たちが味わった達成感や充実感も、つまらないものに感じられてしまうかもしれません。私が関わったある企業では、マニュアルを次の担当者に引き継ぐ際には、自分が気付いたことや工夫したこと、どんな気持ちで制作したか等を書き加え、気持ちまで引き継ぐことを目指しました。その時私は、どんな取組みでも気持ちが大切であること、誰がケアをしていくかという主体者がいないと命を失ってしまうものなのだと実感しました。

 またある企業では、役職定年を迎えたシニアの方々が自主的に「自分が教えられること」をテキストにまとめ、勉強会を開いていました。テーマは技術の伝承や見込み客の作り方、経理的な知識など様々で、自由参加ですので人気のある勉強会もそれほどでもない勉強会もあるようですが、その企業のある若手は、「内容が勉強になることもさることながら、後輩にそうやって教えようとしてくれることに感動する」と言っていました。
 人材育成で本当に伝えなければならないのは、そういった気持ちや考え方の部分なのではないでしょうか。人材育成には様々な業務があり、目の前の忙しさに埋もれてしまいがちですが、人材を大切に思っていること、成長することで皆が幸せになれると思っていること、それが伝わりさえすれば、組織がおかしな方向に向かうことはありません。
 そこさえ伝わっている会社であれば、大概なことは乗り越えていけるのではないかと思っています。

伊藤 晃(いとう あきら)
HR-iコンサルティング 代表 シニア・コンサルタント。
 株式会社日本能率協会コンサルティングにて、業務改革および知恵と活力を高める組織・人材革新コンサルティングを推進。支援業界は自動車、運輸、繊維、製紙、製薬、精密機械、銀行、商社、建設、不動産、生保、IT、電力、ガス、新聞、大学、流通、ホテル、テーマパーク、経済連等 多岐にわたる。
 2019年9月定年退職。10月より現職。現在は、人と経営の「意」をサポートする、をモットーに人材マネジメント全般を支援している。主要テーマは、人事・人材開発制度構築、経営幹部育成・登用制度構築、全階層一貫教育の企画・推進、意のある次世代リーダー育成、人材マネジメント全般に関する相談対応および自社流の構想立案・推進支援。

伊藤 晃氏
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