人材育成は、何を変えるべきなのか

~人材育成の動向と課題~
~人材育成の動向と課題~

伊藤 晃
株式会社日本能率協会コンサルティング
ラーニングコンサルティング事業本部
シニア・コンサルタント

人材育成だけが変わっていない

人材育成を取り巻く状況は、近年大きく変わっています。働く人々の価値観の多様化は、共働き夫婦の育児の問題、長寿化がもたらす介護の問題等の新しい社会問題の登場によって、さらに複雑さを増しました。
また、上の者が下の者に教える、といった教育の在り方も保てなくなってきました。例えばITリテラシー、語学、eラーニング等、若手の方が年長者より身についている、活用できる・・・そうした事柄が多くなってきました。1社で一生を過ごすという価値観も崩壊しました。さらに、「人生100年時代」。長く働き続けるために、何をしなければいけないのかは、個々人で考えなければなりません。
社会環境が変わり、人の行動や意識が変わり、経営のあり方も変わっています。

その一方で、以前から全く変わっていないこともあります。以前から皆さん口を揃えて「人材育成は大切だ」とは言っています。しかし具体策となると、未だにその時々の業績や業務の状況によって、優先順位が落とされてしまいます。また未だに、「優秀な人材は放っておいても光るもの」といっている経営者や人材育成担当者もいます。確かに、優秀な人材は自ら成長しようと行動を起こしますが、だから放っておくのが正しい、なんてことは人材育成でもなんでもありません。教育・研修を熱心に行っている企業でも、根底にこうした意識が根強く残っていることがよくあります。
スポーツの世界では、優秀な人材に英才教育を施すのは当たり前のことです。好きなことに夢中になって、徹底的に鍛錬できる環境を用意するのです。最近、スポーツの世界大会などで、若い日本人選手が活躍するようになったのはそのためです。ビジネスの世界でも、グローバルで勝ち残っていくためには、優秀な人材によい環境、経験機会を与えて育てていくべきですが、なかなかそれができていません。

まず、人材育成が経営の急所であることを認識しよう

なぜ人材育成のやり方を変えられないのでしょうか。
理由の1つは、かつての日本はレベルの高い均一な労働力と、集団の協調によってビジネスに勝ってきたため、「みんな平等が正義」という価値観が組織文化の中に刷り込まれてきたためでしょう。また、人は自分が受けたような教育を、人にもしてしまうものだからでしょう。
しかしこの流れは、断ち切らなければなりません。
では、断ち切るものは何でしょうか。

バブル経済の崩壊やリーマンショック、近年では買収や経営統合など、私達日本の企業は度々の危機を乗り越えてきました。その際には、既存の優秀な仕組みや労働力よりも、経営の意思決定が重要でした。意思決定をするのは人材です。近年、経営幹部の育成が大きな課題になっているのはそのためでもあります。そして、それを理解して、仕組みを変えたり動きを変えたりの対応をするのも人材です。
そんな人材が社内に存在するかどうかが、明暗を分けました。そんな人材を育成できていたかどうかが明暗を分けた、と言い換えてもいいでしょう。
ですから私たちはまず、人材育成こそが経営の成功の源、失敗の原因であることを、強く意識することが必要です。特に経営者は、深く腹に据えなければなりません。
人材育成が経営にとって重要であるとすれば、その指針は明確でなければなりません。優先順位も高くなければなりません。
今、そうなっているでしょうか。そのために何をしなければならないでしょうか。
人事部門、現場、経営という3つの人材育成の主体者それぞれが変えるべきことについて、提示していきたいと思います。

【人事部門】


人事部門は、これまでも現在も頑張っていると思います。業績が若干低下したとしても、研修予算を闇雲に減らさないように歯止めをかけたり、一定の採用を継続して中期的な人員構造を保ったり。しかしこれは、従来からある人事の業務です。従来からの業務は、充分頑張ってやってきました。これからは、この業務に、経営の理念や哲学、そしてビジネスの最前線の状況とリンクした、1本の筋を通していくことが大切です。

そのためには、「将来を見据えて必要になる人材はどういう人材なのか」を明らかにすることが重要です。ですが、人事部門はビジネスの最前線の現場の情報が入りにくいところでもあります。まずは、現場の情報を得るための場を意図的に作っていくことが必要でしょう。
しかし、そのために例えば定期的に会議の場などを設定して、「何か話してください」というだけでは、現場は「何も思いつかない」というかもしれません。あるいは「人が足りないから増やしてほしい」「もっといい人材がほしい」というだけかもしれません。ですから、人事部門は優れたインタビュアーでなければなりません。単に、要望を伺うというスタンスで臨むのではなく、いろいろな仮説をもって問いかけながら、一緒に人材のありたい姿や将来不可欠な人材、育成の方向を見つけていく姿勢が大切です。
この問題を検討する重要性は、皆わかっています。3年後や5年後といったそう遠くない未来には、今社内いない、あるいは今社内で目立っていない人材が、社内の革新や創造を牽引しているかもしれません。私はこれを、ニューコア人材と呼んでいますが、そんな人材が必要なことがわかっているなら、具体的なアクションを起こしていくべきです。そして、人事部の誰かがその役割を担うべきでしょう。そうでなければ、皆、自分の目の前の業務の忙しさで後回しになります。取り組もうと本気で思うのであれば、あるいは取組みを加速させようと思うのであれば、どなたかを専任にするのが早いだろうと思います。

【現場】


現場の人材育成の主体者はミドルマネジャーですが、今、ミドルマネジャーには労働時間短縮への対応や部下個々人の個性や価値観への目配り、パワハラへの配慮など、要求されることがとても増えており、知らず知らずのうちに人材育成へのスタンスが、以前より受け身になっています。忙しさは承知の上なのですが、自分事として、どう部下を育てるかを考えられないと、人事が決めた施策をこなすだけになってしまいます。それでは何をやっても人材育成の効果は薄いはずです。
業務や必要なスキルが多様化し、必ずしもマネジャーが部下を教えることができないことが増えました。そして時短にも取り組む中で、部下育成に十分な時間がかけられないかもしれません。だからこそ、一人ひとりに「成長しよう」という意欲を持たせられるような働きかけが大切です。

例えば、自分の目標を達成するためにどのような学習が必要かを明確にする、3年目、5年目といった区切の時期には、自分自身の今後の有益な指針を考えさせることが大切です。私はこれを「教訓抽出」と呼んでいます。
体験を通じて何を学んだのか、あるいは仕事の中で学べないことは何か、それをどう学ぶのか、自分はどう成長したいのか・・・等について、真剣に考える時間をきちんと取って蓄積していけば、中期的には大きな成長につながるはずです。
もちろん人事部門はミドルマネジャーに対して、そんな育成のスキルを身に着けてもらう機会を、しっかりと企画してサポートすべきでしょう。

【経営】


今、経営者が人材育成に対して何をするかということも、真剣に問い直されています。
人材育成の核となるのは経営理念や哲学なのですから、経営者は、まずはそれを自分の口で語っていくことが大切です。そして語るだけでなく、経営理念や哲学を真摯な姿勢で体現している人であるべきです。
これは、経営者自身が自己の成長に取り組んでいる姿や人材育成への関心寄せていることを従業員に示すということです。
それが会社として、人材育成を大切に思い、真剣に向き合っているということの証明になります。人事部門は、そのような場を設定し実現させる動きが大切です。

人材育成というのは古くからあるものなので、時代遅れの古い概念のように思えるときもあります。しかし、常に新しいコンセプトやモノを生み出す入り口でもあります。人材育成を軽視して経営が成長するとは思えません。人材育成こそが経営や事業の持続的成長のための、重要な施策です。その認識をもって取り組んでいただきたいと思います。

伊藤 晃(いとう あきら)
株式会社日本能率協会コンサルティング
ラーニングコンサルティング事業本部 シニア・コンサルタント。

業務改革の推進コンサルティングを中心に経験を積む。“組織や制度を変えても人の意識がプラスに変化しなければ革新はない”という見方を重視し、企業独自のコア・バリューと直結した「知恵と活力を高める」人材マネジメントと組織の学習体質強化を支援。支援業界は自動車、運輸、繊維、製紙、製薬、精密機械、銀行、商社、不動産、生保、IT、電力、ガス、新聞、大学、流通、ホテル、テーマパーク、経済連等 多岐にわたる。