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製造業が2025年の崖を超えるために取り組むべきこと

イノベーション, テクノロジー
2020年2月10日

 日本の製造業がグローバル市場で勝ち残るためには、従来収益の無かったモノ売り後のタイミングで多頻度に収益を得るタイミングを設けるサービス化や、それを支えるデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みが必要である。
 今回は、このDXに取り組むための具体策について、株式会社フロンティアワン 代表取締役 鍋野 敬一郎氏に寄稿いただいた。DX実現のための仕組みとして『デジタルツイン』を取り上げ、その実現事例と『デジタルツイン』を活用したサイバー・フィジカル・システム(CPS)の成長トレンドを通して、日本の製造業が2025年の崖を超えるための方策について考察する。

日本の製造業が2025年の崖を超えるために

製造業が2025年の崖を超えるためのDXとは

 2020年を迎えて、日本企業は大きな岐路に立っています。米国トランプ政権が仕掛けている米中貿易摩擦や、米国とイランの対立による中東情勢の悪化が日本企業の業績見通しに大きなインパクトを与えています。その影響は顕在化していて、輸出産業である自動車や工作機械などの業績が軒並みプラスからマイナスとなり、人手不足や原材料費高騰によって収益見通しが急激に悪化しています。経済産業省のDXレポートにも記述されていますが、日本の競争力が低下している現状を踏まえて最悪のケースを想定した備えを準備しておくに越したことはありません。また、こうした状況を踏まえて今こそ中長期的なビジョンと、成長戦略を描く必要があります。そのキーワードとなるのが、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。

 製造業におけるDXの目的は、製造業のサービス化と業務プロセスやオペレーションをデジタルによって革新し、勝ち残る仕組みを素早く実現することです。デジタルに期待することは、他社に対する圧倒的な競争力の獲得にあります。10~30%程度のコストダウン/効率化や、2~3倍程度の売上/利益率アップならば、業務のカイゼンや従来のやり方をそのままデジタル化するような取り組みでも実現不可能ではありません。しかし、それでは圧倒的な競争力アップ、他社との明確な差別化には繋がりません。圧倒的な競争力とは、例えば「10分の1以下のコストダウン、10倍以上の売上アップ」を狙うことです。DXの真の価値は、そこにあると考えます。つまり、従来のやり方の延長線上ではなく、これまでとは全く別のアプローチ、革新的なアプローチが必要になります。

 こうした取り組みは、Apple社が生み出したiPhone/iPadにみられる、スマートフォン/タブレットにアプリケーションで後から機能を追加するという仕組みや、建設機械大手コマツが提供するICT建機の遠隔監視・支援サービスKOMTRAXが実現した、54万機以上の建機の操作性向上や作業時間短縮に大きく貢献するエコシステムなどが先行しています。これらに共通しているのは、モノ(iPhone/iPadや建設機械)から収集・蓄積したIoTのデータを活用して、アプリケーションが提供するデジタル空間上のコト(サービス)が付加価値を提供するというビジネスモデルです。

IoTが生み出すサービスの価値の決め手となる『デジタルツイン』

 製造業においてIoTに取り組む企業は多数ありますが、その大半は設備や製品などモノの稼働状況をデータ化して可視化するところまでしか実現されていません。各種センサーやカメラ/画像処理技術などが発展したことで、膨大なIoTのデータを活用することが可能となりました。IoTで収集・蓄積したデータ活用としては、「モニタリング(監視)」「メンテナンス(保守)」「コントロール(制御)」の3つのレベルでのサービスが考えられます。

 「モニタリング(監視)」は、既に誰でも導入できる技術で実現可能なサービスとなっており、他社との差を生む要素ではなくなっています。「メンテナンス(保守)」は、製品や設備の保守やアフターサービスに繋がるため、モノ(製品や設備)とコト(アプリケーション)を一体化させたサービスにすることで価値を生み出すことが可能です。この技術は、エレベーターなどの設備の管理サービスや、工作機械などの遠隔サポート、航空機エンジンなどの管理による省エネ運転や予知保全などで実用化が進んでいます。蓄積されたデータとAIの解析力が、他社に対する優位性となります。

 そして、今後大きな発展が期待されるのが「コントロール(制御)」です。遠隔制御というと、リモコンで自動車やドローン、工作機械、産業ロボットなどを遠隔操作するイメージを持つ人が多いと思います。この認識は概ね間違っていませんが、例えば自動運転車の場合、常に人が同乗してトラブルに備える必要があるレベル3(条件付運転自働化)を実現するのにも、まだしばらく時間がかかりそうです。人が同乗や常時監視していなくても対処できる「コントロール(制御)」の領域に該当するのはその先のレベル4(高度運転自働化)以上であり、実用化までのハードルが高い分だけ、それを実現できれば大きな価値を生み出すことが可能になると言えます。

 このようなIoTデータを活用したサービスを実現するための仕組みとして、『デジタルツイン』が注目されています。『デジタルツイン』とは、「デジタルの双子」という意味です。現実世界(フィジカル空間)にあるモノやヒトの状況や環境のデータを収集して、リアルタイムでデジタル世界(サイバー空間)上のコンピュータ・システムに送ってフィジカル空間の環境を再現します。サイバー空間上にフィジカル空間の情報を全て再現するため、“2つの空間にあるデジタルの双子”と呼んでいるのです。

 この『デジタルツイン』の環境を活用することで、フィジカル空間のモニタリングやその収集・蓄積データに基づいた高精度なシミュレーションが可能となります。サイバー空間でシミュレーションを行った結果をフィジカル空間のモノにフィードバックすれば、望む通りに遠隔制御ができるようになります。また、収集・蓄積されたフィジカル空間のデータから、将来の故障や変化を正確に予測することも可能となります。これが、『デジタルツイン』により実現が期待されるサイバー・フィジカル・システム(CPS)の効果です。

『デジタルツイン』を実現する仕組みの構築と
それによるCPSの成長ステージ

 『デジタルツイン』を活用したCPSのイメージを持ってもらうために、工業用遠心ポンプメーカーであるフローサーブ社の事例をご紹介します。フローサーブ社は、米国テキサス州ダラスにあるポンプ、メカニカルシール及びその他回転機械の設計、製造、販売、メンテナンスなどを手掛ける老舗メーカーです。その主力製品は工業用ポンプで、流体制御機器メーカーとして強みを持っています。

 フローサーブ社では、ポンプの『デジタルツイン』を活用することにより、製品開発のみならず販売後の使用局面においてもシミュレーションを行い、不具合や欠陥の原因分析に活用する取り組みを行っています。この実現のため、ポンプに取り付けた複数のセンサーからリアルタイムに情報を収集し、IoTプラットフォームへデータを送る仕組みを構築しています。この仕組みにおいて、ポンプのバルブを閉めて意図的に異常を発生させ、各種センサーから得たデータを用いてサイバー空間上で3Dシミュレーションを行い、異常の根本原因を特定して3D表示で状況を可視化します。さらに、これを解消する最適な対処方法を見つけ出し、その指示をフィジカル空間のポンプに反映させます。これによって、ポンプの異常を解消し正常運転へ戻すことが可能になります。

デジタルツインを活用したサイバー・フィジカル・システム(CPS)の事例:フローサーブ社のポンプのデジタルツインの構築と効果(著者(鍋野氏)作成)
デジタルツインを活用したサイバー・フィジカル・システム(CPS)の事例:
フローサーブ社のポンプのデジタルツインの構築と効果(著者(鍋野氏)作成)

 フローサーブ社の事例のように『デジタルツイン』を構築するポイントは、実際の機器や設備に複数のセンサーを取り付けてデータを収集・蓄積し、サイバー空間上で3Dモデルとして再現して原因解析を行うことです。このモデルを用い、異常などのトラブル発生時には、異常を解消する設定や状況を再度シミュレーションして最適な対処方法を見つけ出します。対処方法が見つかったら、この情報を現実の機器や設備にフィードバックしてトラブルを解消します。『デジタルツイン』が優れている点は、このようにモノとコト(サービス)を一体化させることができる点にあり、それにより遠隔制御をリアルタイムに行うことが可能となります。また、膨大なデータや事例の蓄積に基づき、顧客へ異常の原因分析結果や対処方法のフィードバックができるため、信頼性の高いサービスとして、一般の保守・メンテナンスとの違いを分かりやすく示せることも優位点になります。

 『デジタルツイン』の取り組みは、まだ始まったばかりです。そのため、『デジタルツイン』を用いてシミュレーションや原因分析を行うには、現在は同機種でも設置環境や稼働状況、個体差による補正調整が必要となりますが、今後、メーカーや世代の違い、複数のIoTプラットフォームなどにも対応したシステムやアプリケーションが登場すると思われます。また、現時点の制御技術は、機能レベルの制御が精一杯ですが、近い将来、製品レベルの統合制御や同じ機能を持つ他社製品にも対応した一括制御などが実現し、2030年頃までには、センサー/AIの進化によって集団レベルの制御(複数機器群制御)も実現すると予想されます。

『デジタルツイン』を活用したCPSの成長ステージ(著者(鍋野氏)作成)
『デジタルツイン』を活用したCPSの成長ステージ(著者(鍋野氏)作成)

2025年の崖を越えるために

 日本の製造業が2025年の崖を越えるために必要な取り組みは2つあります。

 1つは、経済産業省のDXレポートにある通りバックオフィス系の基幹システム(ERP)をDXに対応できるように刷新することです。これは、業務を標準化してバックオフィス業務の効率化とコスト削減、アウトソーシングなどが目的です。

 もう1つは、DXで事業の競争力を強化することです。他社に対して圧倒的な差別化となるようなDXの1つが『デジタルツイン』を活用したサービスの創出だと考えています。『デジタルツイン』により、サイバー空間でフィジカル空間の状況を精緻に再現してシミュレーションを行い、その結果を用いてモノ(ハードウェア)とコト(ソフトウェアサービス)を一体化させた形で、フィジカル空間にリアルタイムにフィードバックするビジネスモデルづくりを行うことが重要になります。

 このモノとコトとデータをリアルタイムに統合するテクノロジーは、簡単には実現できません。だからこそ、他社とは違う明確な強みとなります。ものづくりに強みを持つ日本の製造業が目指すべきゴールは、そこにあると思います。

鍋野 敬一郎 氏 写真
鍋野 敬一郎 氏

株式会社フロンティアワン
代表取締役

同志社大学工学部化学工学科卒業(生化学研究室)、1989年米国総合化学デュポン(現ダウ・デュポン)入社、1998年独ソフトウェアSAPを経て、2005年にフロンティアワン設立。業務系(プロセス系:化学プラントや医薬品開発など、ディスクリート系:組立加工工場や保全など)の業界および業務、システムの調査・企画・開発・導入の支援に携わる。2015年より一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)サポート会員となり、総合企画委員会委員、エバンジェリストなどを務める。 その他、エッジAIベンチャーのエイシング社アドバイザーも務める。
他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
主な著書に『デジタルファースト・ソサエティ』(共著:日刊工業新聞社)がある。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年1月現在のものです。

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