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Vol.28 情報資産の価値を高める デジタル変革を支えるソフトウェア生産技術

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#03 デジタル変革を加速する マイクロサービスアーキテクチャーの真価と適用事例 東芝デジタルソリューションズ株式会社 斉藤 稔

独立したコンポーネントからなるさまざまなサービスを組み合わせて実装するマイクロサービスアーキテクチャー。ITサービスやビジネスシステムを環境の変化に即応させていくための有効なアーキテクチャーとして、期待が高まっています。しかしその一方では、コンポーネントごとのオーバーヘッドの増大や障害による影響の予測が困難なことなどが懸念されています。
東芝デジタルソリューションズではデジタルトランスフォーメーション(DX*)を加速するため、東芝のIoT*「SPINEX(スパインエックス)」に、このマイクロサービスアーキテクチャーを採用するとともに、ITモダナイゼーションを実践するための技術として共通基盤化。社会や産業の新しいITサービスや既存のシステムに適用する方法を模索し、実証を重ねてきました。ここでは、マイクロサービスアーキテクチャーの真価とポテンシャルについてご紹介するとともに、SPINEXでの適用を事例に、その効果の検証を交えてご紹介します。

*IoT:Internet of Things(モノのインターネット),DX:Digital transformation

変化への即応性に富んだアーキテクチャー

マイクロサービスアーキテクチャーとは、小さなサービス(機能)を組み合わせて構築するアーキテクチャーで、ひとつのアプリケーションに全ての機能が詰め込まれた従来の「モノリシック」なシステム構成の対極にあるものです(図1)。

図1 マイクロサービスアーキテクチャーとモノリシックの比較

個々のサービスは独立したコンポーネントとして実装され、変更や拡張がサービス単位で行えるという利点があります。例えばある特定の機能に負荷が集中し応答に遅延が生じた場合、モノリシックなシステムではアプリケーション全体をスケールアウトする必要があるため、全ての機能に影響が及びます。一方、マイクロサービスアーキテクチャーは、該当するマイクロサービスのみをスケールアウトできるため、効率的で無駄がありません。サービスの単位で変更や拡張ができるマイクロサービスアーキテクチャーは、市場のニーズやビジネスの環境の変化に対して即応性が高く、それはまさにDXを成功に導く重要なひとつの鍵となります。

DXの実現には、先進のデジタル技術を活用した新しいITサービスの構築だけではなく、長年運用してきた既存のシステムのITモダナイゼーションを行って、環境の再構築や、新しい機能の追加に適したパブリッククラウドやSaaS*との連携、コンテナの活用などにより、変化への即応性に富んだシステムへの改善も必要不可欠です。

*SaaS:Software as a Service

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ITモダナイゼーションへの適用に高度なノウハウ

東芝デジタルソリューションズではITモダナイゼーションを「インフラのモダナイズ」と「アプリケーションのモダナイズ」という2つの軸で整理し、システムが提供する価値を、段階を経て向上していく「段階的モダナイゼーション*」という選択肢を準備しています。アプリケーションのモダナイズにおいては、モノリシックなアプリケーションを一気にマイクロサービスへ移行するのではなく、マイクロサービス化することで効果を発揮するものから順に部分的な移行を経てから、全面的なマイクロサービスアーキテクチャーへの移行を実施します。お客さまの業務課題に応じ、業務を止めることなく効果的なシステムの刷新を目指していきます。

*段階的モダナイゼーションについては、#02で詳しくご紹介しています。

このマイクロサービスアーキテクチャーは社会やビジネスの環境の変化に対する即応性に優れている一方で、コンポーネントの複雑化やオーバーヘッドの発生、障害点の増加につながるという危惧があります。細分化し、分散されたサービスの呼び出しがシステム全体の性能や障害の波及にどのように影響するのか。個別のサービスの変更がシステム全体にどう影響するのか。こうした点を考慮しながら、性能・運用・管理面のリスクをあらかじめ取り除いた上で実装することが、マイクロサービスアーキテクチャーの適用には必須です。そのためには、適用に関する深い経験と知識が問われます。

当社は、企業のシステムでまだ例が少ないマイクロサービスアーキテクチャーの適用を、自社のシステムを中心に推進し、数々の実績を積み重ねてきました。そして、東芝のIoT「SPINEX(スパインエックス)」のコンポーネント技術として採用しました。

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IoTサービスに求められるもの

東芝デジタルソリューションズ株式会社 斉藤 稔

SPINEXには、IoTによりDXを実現するための機能やサービスが豊富に備わっています。現場の環境をデジタル上に忠実かつリアルタイムに再現するデジタルツインをはじめ、エッジコンピューティングやコミュニケーションAI*「RECAIUS(リカイアス)」アナリティクスAI「SATLYS(サトリス)」など先進のデジタル技術を連携。モノ(機器)の状況を正確に見守り、異常や故障の予兆をいち早く捉えて改善し、人とのインタラクションを支えて、新たなサービスの創出につなげます。

*AI:Artificial Intelligence(人工知能)

このSPINEXの基本構成要素となる、例えば機器の管理や見える化を支援するといった標準アプリケーションは、「変更容易性」「スピード」「拡張性」「可用性」という4つの要件をそれぞれ高度に満たす必要があります。

まずは「変更容易性」です。東芝グループとしてSPINEXによるサービスの拡大を進めていくため、標準アプリケーション自体の機能の拡充や変更が容易であることが必須です。またお客さまごとに異なる要望や環境に、標準アプリケーションを柔軟に対応させるカスタマイズ性も欠かせません。

次に「スピード」と「拡張性」です。DXを進める初期の段階でお客さまにとっての新たな価値が明確になっているとは限りません。実際に機器のデータを収集して分析し、検証を繰り返していく中で価値が明確になっていく場合も多く、データの収集から検証までのプロセスをスピーディーに繰り返しながらシステムをリリースしていく仕組みが必須です。それは同時に、段階的に効果を確認しながら徐々に適用範囲を拡大していく拡張性も必要なことを意味します。

そして「可用性」です。24時間365日止まらない安定した稼働を実現することは、さまざまな機器がつながり、多くの人が利用するIoTサービスにはなくてはならない要件です。

当社は標準アプリケーションそれぞれにこれら4つの要件を満たすためには、マイクロサービスアーキテクチャーが最適と判断。アジャイル開発*により、SPINEXへ適用しました。

*アジャイル開発については、#04で詳しくご紹介しています。

マイクロサービスアーキテクチャーの力を最大限に引き出す

SPINEXにマイクロサービスアーキテクチャーを適用するにあたり、課題はマイクロサービスを細分化しすぎると構成が複雑化し、大きくしすぎると変更の容易性や拡張性が低下するという点でした。マイクロサービスの粒度については、一般化された定量的な指針はなく、経験を重ねてノウハウを蓄積していくことが重要となる部分です。

当社は、長期的に変わらない機能と変更する頻度が多い機能を、システムの利用者の視点でそれぞれ別のマイクロサービスとして定義し、さらに機能を提供するマイクロサービスと業務シナリオを提供するマイクロサービスという2段階の構成を採用。クラウド上に配置させる標準アプリケーションへのアクセスを一旦、「UIサービス」と名付けた後者で吸収してから、前者のマイクロサービスを呼び出す構成にすることで、通信などのオーバーヘッドを最小化し、システムの性能への影響を最小限に抑えることにしました。マイクロサービスアーキテクチャーをこのような創意工夫を持って適用させることにより、SPINEXは「変更容易性」「スピード」「拡張性」「可用性」という高度な要件を満たしています。検証テストにおいて、既存のUIサービスやマイクロサービスを停止させることなく、システムに新たなサービスや画面を追加できることも実証できました(図2)。

図2 マイクロサービスアーキテクチャーでの機能追加における効果例

DXを実現する先進のデジタル技術を取りそろえたSPINEXでマイクロサービスアーキテクチャーの適用を成功させた経験は、当社にとってこれ以上ない自信と経験になりました。

生産技術センターでは、この経験をさまざまな適用事例と共に、ノウハウや手法を体系化し、ガイドラインとして形式知化しています。さらにマイクロサービスアーキテクチャーの構成要素を整理したフレームワークも開発。フレームワークには、サービスの追加や変更を管理する機能や、サービスの状態を監視する機能、問題が起きているサービスを特定する機能など、複数のサービスから構成されるマイクロサービスアーキテクチャーゆえに必要となる機能を持たせています。

これらガイドラインやフレームワークは、当社の共通基盤「CommonStyle(コモンスタイル)*」として社内に展開し、現在、多くの技術者に活用されています。

*CommonStyleについては、#01で詳しくご紹介しています。

これにより、マイクロサービスアーキテクチャーなどの先進のデジタル技術とそれらを活用するノウハウは、新しいIoTサービスに活用するだけでなくレガシーといわれる既存のシステムにおいても、ITモダナイゼーションによってお客さまのDXに貢献することが可能となりました。

今後も一層の試行錯誤を繰り返しながら、さらなる技術開発を続けていきます。

※この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2019年2月現在のものです。

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